少数精鋭でいく
私はこれまでの人生を通じて、元来友人の少ない人間です。友人の数が片手を超えたことはありません。そんな私が「友人は少なくて良い」と声高に主張しても説得力に欠けるかもしれませんが、友人が少ないことは恥ずべきことでも隠すことでもないと、ここで強調したいと思います。約40年間、友人が少ないことにストレスを感じたことはなく、むしろ社交的であることが良いという風潮にストレスを感じてきました。それは、単に私が一人で過ごす時間が好きな人間だからかもしれません。でも、自分を偽らなければ一緒に過ごせない人間関係、常にストレスを感じる人間関係は数が多い程に心を削りますし、いつかは終わりを迎えます。
私の友人は以下の3名です:
・Aさん(中・高・大と共に過ごした親友)
・Bさん(社会人になってからの友人)
・Cさん(社会人になってからの友人)
この3名と出会えたことは、私の人生で最も幸運な出来事だと思っています。各々の生活があるため、実際に会えるのは年に数回。メッセージも多い時で月に数回、数ヶ月間連絡を取らないこともあります。それでも、再会した時には、まるで昨日まで一緒に過ごしていたかのような錯覚を覚えます。
友人が少ないことは、関係性をじっくりと築けること、その存在があることで一人の時間も楽しめるようになることに繋がると感じています。
友人と知人の違いとは?
友人というのは、休日にこそ会いたい、少しでも長い時間を一緒に過ごしたい、人生を通して繋がっていたい!と思える人だと考えています。長らく会っていなくとも、連絡をとっていなくとも、頭の片隅には常にいる存在とでもいうのでしょうか。お互いが同じ空間にいつつそれぞれに違う活動をしていても、お互いに心地よい。これはパートナーや配偶者にも該当する条件だとは思うけれど、自分のままで、場所・時間を問わずに一緒に過ごしていられる人は実はとても少ないものだと気付かされます。
一方で知人とは、会社の同僚や友人の友人、ママ友など、プライベートな話があっても深い関係を築くことは少ないと考えています。
大人になると、友人との時間よりも知人と過ごす時間が圧倒的に多くなり、境界線が曖昧になることもあります。友人と知人の関係は、時として入れ替わることもあるでしょう。そしてそれは自然な事です。
友人関係においては、すべてを共有する必要はないと思います。「親しき中にも礼儀あり」という言葉の通り、全てを曝け出すことが正解ではないこともあります。友人とは常に一緒!という方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、少しの距離感があることで、長続きする関係が築けると私は信じています。
季節的な友人関係
皆さんも経験があるかもしれません。一時期にとても仲良くなった人と、徐々に連絡が減ってしまうこと。これが「季節的な友人」と言えます。仮にそれが会社の同僚/友人であれば、退職や部署の移動等、物理的距離が開くことで疎遠になってゆくと言った具合です。このように、物理的な距離や興味の変化が原因で疎遠になることもあるのが「季節的な友人」。
徐々に疎遠になってゆく過程では、自分が何か失礼な事をして嫌われてしまったのでは?などと悩む事もあるかもしれません。ですがこうした季節的な友人は、人生のその時期に必要な人が、ひとときの間私達の人生に関わってくれたのだと考えるとどうでしょう。何だかちょっと素敵ですよね。きっとその季節的な友人と過ごした時間は、いつもの自分とは違う経験をしたり、違う景色を見れたのではないでしょうか?
私達自身も、誰かにとっての季節的な友人であることを考えれば、出会いと別れを受け止めて少しばかり前向きに人生を進める気がしませんか?
自分と向き合う
40代。独身、既婚、人の数だけ生活スタイルがありそれぞれに多くの悩みがあります。加えて、中年デビューするお年頃。両親がもう高齢者である事を如実に突きつけられるお年頃でもありますよね。友人との時間は、私にとって息抜きの場であり、近況を報告し合ったり、意見をもらったりする大切な時間です。例えば、私が会社の退職を考えている事を話した39歳の初夏、3名共に開口一番”それはいい選択、応援する!”と力強く発言してくれました。自分で決断したにも関わらず、若干ウジウジモヤモヤしていた私。自分で出した結論に向き合い、コミットする場を与えてくれた友人達は本当に自慢の仲間です。
友人は自分で選び、自分も選ばれます。自身の40代をどのような精神状態で過ごしたいか、どのように生活をしたいかをゆるっとでも考えてゆくと、必要な人間関係が見えてくるはずです。自分の生活や心のありようにとって、良い方向には進まないと思えば、友人が一人も居なくても良いと思います。焦ることはありません。自分の価値観を把握していれば、共通項がある人に出会った時に「気づく」ことができます。
40代の女性として、日々の悩みは尽きませんが、自分を追い詰めず、肩の力を抜いてこれからも生活していきたいと思います。
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